■復興計画に英知結集
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2011.10.08 |
菅原気仙沼市長に聞く
メッセージ性示せた
国、県とギリギリの調整/
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気仙沼市は、東日本大震災からの復興の指針となる市震災復興計画をまとめた。学識経験者と市民の英知を集め、6月から続けられた議論は200ページ余の冊子に結実した。市議会での審議では地区別の詳しい資料を付け説明した。
実施に向けては、ここからがスタート。菅原茂市長に計画実行の決意と震災後7カ月の心境を聞いた。
―計画内容は気仙沼らしいものになったか。
「復興会議、市民委員会の各委員に精力的な議論をしてもらい、非常にメッセージ性の強いものとなった。副題の『海と生きる』は、市民意識を確認する象徴の言葉であり、『津波死ゼロのまちづくり』『早期の産業復活』という決意を掲げることで、理念と目標も明確に示せた」
―復興会議の最終会合では、まとめきれない部分があった。
「防潮堤の高さの設定については、地域事情などに配慮して調整するかどうか、国や県とのやりとりを最後まで行った。市民の親水性を考えれば譲れない部分であり、今後も大きな課題になるだろう。地区構想のゾーニングなどは見切り発車で出したところもあるが、9月末をゴールに設定したことは、決して間違いではなかったと思う」
―重点事業には、国の方針、財源が明確でないものも多い。
「創造的復興を目指す観点から財源にとらわれず、われわれが取り組みたい事業を掲げた。国との関係で言えば、政府から被災地の方針を示してほしいと言われていた。計画は、市ができるところまでやり遂げたもの。これから先は国に対応してもらわないと前に進めないことをはっきりさせた。近く平野復興相に計画書を持って行き、国の施策展開を求める」
―計画をどう進める。
「当然、ここからがスタートだ。市内の各地区の復興に当たって、この計画を道しるべとしながら地域住民との懇談を重ねていく」
―震災で企業は苦境に立たされている。
「今までは事業所がハードを再建しようとしても、浸水した土地の利用方法が分からなかったので再開計画を書けなかった。今回、市が復興計画を出して市域の整備案を示した。各事業所には計画策定の裏付けにしてもらいたい」
―水産業に過度に依存した市の産業構造を変える必要は。
「このまちの長所の水産業は伸ばしていく必要がある。ただ、気仙沼市の市域面積333平方キロメートルに対し、浸水域は18平方キロメートルに満たない。残る315平方キロメートルには新しい産業を呼び込む。三陸道の事業化を起爆剤にして企業誘致を図り、新しい産業分野も呼び込みたい。産業構造の多重化も図り、コミュニティービジネスやソーシャルビジネスなどの内発的な発展も目指す」
―就任して1年半あまり。リーダーには目指す方向性を示すトップダウン型とじっくり話を聞く調整型がある。市長はどちらを自認しているか。
「市長としては目指す方向性を示すことが大事だと思っている。とりわけ震災では希望の光を住民の前に照らし続けることが必要だ。ただ、どちらかと言われても、その答えはなかなか見つからない。無理やり結論を最初に導き出そうとはしないので、多くの人は(自分を)調整型と思うかもしれない」
―震災後激務続きだが、休めているか。
「丸1日休めたことはない。半日休めたときはゆっくり寝ていたかったが、積み残しの資料を読んだり、家が流されているので家財道具を買いに行くのを付き合ったりした」 |
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