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■戦地の父からの絵手紙
2009.04.29
色あせず娘への愛情ひしひし
石巻・阿部とく子さん保管/
 戦場の父から六十年以上も前に送られた絵手紙を、一人娘で石巻市万石町に住む無職阿部とく子さん(八〇)が大切に保管している。絵手紙には、激しい戦争のさなかにもかかわらず、東南アジアののどかな風景などが素人とは思えない見事な筆致で描かれている。今も色あせず、娘を思う父親の気持ちが絵からひしひしと伝わる。きょうは昭和の日。

 とく子さんの父政志さんは太平洋戦争開戦翌年の一九四二年、旧ビルマ(ミャンマー)に派兵された。終戦直前までの約四年間、書記などの事務に携わり、四十歳の若さで現地で戦死した。

保管してある絵手紙は、政志さんが任務の合間を縫って書いたとみられる二十枚の絵はがきと、日中戦争で一年間派遣された中国から送られた絵だけの便せん四枚。

 絵はがきには、軍舎から見える田園やヤシの木、寺院などビルマの日常風景を中心に、ゾウや水牛などの動物が墨や絵の具で描かれている。

 政志さんは絵を習った経験はなかったが、優しく温かみのあるタッチが秀逸。とく子さんの周囲も「本職が描いたようだ」と、感心するほどの腕前だ。

 絵に添えた文面も愛情にあふれる。「元気に通学しているでしょうね。飲み物や食べ物に十分注意して」「母ちゃんを大切に。お手伝いも忘れないで」など、遠く離れた娘と妻を気遣う思いが切々とつづられている。

 派兵当時、とく子さんは十三歳で旧制石巻女子高に入学したばかり。卒業の年に悲報に接した。「父は手先が器用で、歌や踊りがうまい社交的な人だった。現地の様子や近況が子どもにも分かるように絵で伝えたのだろう」と話す。

 とく子さんは十年前、慰霊の旅で現地を訪れた。「父が亡くなった場所で手を合わせた。絵手紙が六十年以上たっても色あせないのは、父の魂が宿っているからでは」と、在りし日の父親の姿を忍んでいる。
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