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■縄文、弥生時代に大津波か
2008.07.04
南三陸・波伝谷で痕跡調査
防災、減災に活用/
 南三陸町戸倉の波伝谷地区で六月末から二日まで、歴史上の記録が存在しない過去の大規模地震の周期や、それに伴う津波の浸水域などを探る地質調査が行われた。海から約三百メートル離れた湿地の下から泥炭層を挟む形で海浜礫(れき)と海の砂の二つの地層が確認され、三千?二千年前(縄文?弥生時代)に大きな津波が二度あったことが推定されるという。

 大阪市立大大学院理学研究科の原口強・准教授と東北大大学院付属災害制御研究センターの後藤和久・助教が共同で行った。過去の津波の浸水域のほか、宮城県沖地震で想定されている連動型は過去に本当にあったのかなどを調べ、今後の防災や減災に役立てる。

 史書に残されている日本での大規模な地震、津波は、平安前期の八六九年七月にあった「貞観(じょうがん)の津波」が最古で、津波は仙台平野一帯を水没させ、千人を超える水死者が出たとされている。

 今回の調査地点となった波伝谷地区は、一九六〇年のチリ地震津波で浸水した場所。さらに、神様の御座船が停泊中に大波で打ち上げられ、動けなくなったことが起源とされる戸倉神社もあり、歴史的な背景も調査対象としての関心を高めた。

 同神社の氏子総代で町文化財保護委員も務める後藤一磨さん(六〇)の案内で、神社裏手の湿地で地下約四メートルまでのサンプルを採取した。原口准教授は「海浜の礫層と砂の層が確認できた。海から運ばれた堆積(たいせき)物で、津波の痕跡と思われる」と説明。「おそらく縄文から弥生時代にかけてのもの」と話し、今後、年代を特定するという。

 同地区での周期や浸水域の推定には「チリ地震津波、明治、昭和の三陸大津波の痕跡も必要」としており、秋から冬にかけて、さらに海岸寄りの地点で再調査をすることにしている。
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