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■チリ津波被災忘れるな
2008.05.25
南三陸町 教訓継承へ大規模訓練
中学生も搬送体験/
 チリ地震津波から48年となる24日、南三陸町で大規模な防災訓練が行われた。町民をはじめ、行政機関関係者ら計約6200人が参加。けが人の搬送や応急処置訓練などを通し、被災体験を継承しながら、発生が確実視される宮城県沖地震に向けて防災意識を高めた。

 午前六時、宮城県沖を震源とするマグニチュード(M)7・5の地震が発生したとの想定で訓練を開始。大津波警報の発令に伴う避難指示が出されると、町民が高台などに次々と避難した。町内の水門、陸門はすべて閉鎖され、町内各地で自主防災活動が展開された。 志津川地区の現地災害対策本部が置かれた上の山都市緑地では、けが人の応急処置や炊き出し訓練などを実施。同町建設業協会による緊急避難路確保訓練も初めて行われた。歌津地区では、歌津中校庭で救援物資空輸や給水訓練などがあった。

 志津川地区の訓練には志津川中の全生徒二百四十七人も参加。けが人の搬送や応急処置、炊き出し、簡易トイレ作りなどに当たった。二年生の小山亮介君(一三)は「三人一組で止血などをした。本当の災害の時も力になりたい」と話した。

 津波体験者で五の二(五日町)行政区長の阿部充一郎さん(六七)は「当時は十九歳。祖母を背負って、高台に逃げた」と振り返り、「被災体験者も少なくなった。地域の力をより高めていく必要がある」と口元を引き締めた。

 土曜日で学校の休みに当たったが、上の山都市緑地には、例年より子どもの姿は少なかった。佐藤仁町長は「休みが逆に作用した点がある。各家庭で避難経路をしっかり確認してほしい。被災体験を次の世代に引き継ぐためにも、若年層の参加は一つの課題になる」と話した。

 チリ地震津波は一九六〇年五月二十四日未明、三陸沿岸を中心に襲った。旧志津川町(現南三陸町)は四十一人が犠牲になるなど、県内最大の被害があった。
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