■茶色い焼きそば育ての親
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2008.05.06 |
故菅原春治さん
製法独占せず作り方広める
地域の製麺業発展に尽力/
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焼きそばに使われる石巻独自の「茶色い麺(めん)」の製法を開発し、昭和二十年代半ばから三十年代初めにかけて多くの製麺業者に指導した人が石巻市にいたことが関係者の話で分かった。焼きそばを活用した地域おこしが全国的に展開される中で、注目度の高い石巻の麺を育て、広げた先駆者的存在とみられている。
関係者によると、茶色い麺の製法を製麺業者に伝授したのは、石巻地区製麺協同組合の組合長を務め、春元製麺所(石巻市駅前北通り)を創業した故菅原春治さん(一九〇九?八九年)。奥州市(岩手県の旧前沢町)から石巻市に移り住み、一九五〇年ごろに市内で製麺業を始めた。
春治さんが茶色い焼きそばを作ったのは、食堂を始めて間もない時期とみられる。春治さんの四女穴山邦子さん(六四)=東松島市矢本=は「消防団の仲間と『焼いてもベタ付かない麺ができないか』と話し合っていた。茶色い焼きそばを作るきっかけになったと思う」と振り返る。
麺に使ったのは「普通粉」と呼ばれる粘りの弱い小麦粉。麺を蒸し、水で冷やすなど試行錯誤を繰り返した。製麺所を継いでいる長男菅原清治さん(五八)は「茶色になるのは麺に含まれる鹹水(かんすい)と熱の作用。腰の強い中華麺も使ったと思うが、現在のような味、食感にはならなかっただろう」と話す。
多くの製麺業者が春治さんの元を訪れ、茶色い麺の作り方を見学したそうだ。穴山さんは「製麺所を経営している人たちが十人ぐらい集まり、父が作り方を指導した。五五年ごろだったと思う」と述懐する。 |
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