■気仙沼出身佐藤選手も「北京」
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2008.03.22 |
パラリンピック走り幅跳び出場
「地元の声援励み」/
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2008北京パラリンピック(9月6?17日)に、陸上競技走り幅跳びの佐藤真海(まみ)選手(二六)=気仙沼市出身、サントリー、早大出=が出場することが決まった。04年アテネ大会に続き2大会連続のパラリンピック出場。フェンシングで北京五輪出場を決めた千田健太選手(二二)=中央大=、菅原智恵子選手(三一)=気仙沼高教諭、宮城クラブ=とともに気仙沼市出身者の”北京切符”獲得となった。
佐藤さんは、北京大会出場の参考となる最後の大会だった九州チャレンジ陸上競技大会(16日、熊本県)で4メートル46で優勝。9日の沖縄県春季記録会で出した自己最高の4メートル43を3センチ更新する日本新記録となり、17日に北京大会出場が内定した。
アテネ大会を経験し、「4年後、必ずこの場所(パラリンピック)に戻ってくる」と誓っていた佐藤さんは「多くの方の支えで夢への道をつなぐことができた。夢舞台に立つ切符をもらったことで、今後は世界でしっかり戦える自分にしていきたい」と喜びを語る。
また、古里・気仙沼の人々に対しては「地元の皆さんの応援はいつも大きな励み。これから北京に向けて半年間、さらに記録が伸びるように頑張るので、これからも応援よろしくお願いします」と話している。
佐藤さんは気仙沼小時代は水泳、気仙沼中、仙台育英高では陸上の長距離選手として活躍。早大ではあこがれだった応援部チアリーダーズに所属したが、大学2年の時、病気で右脚のひざから下の切断を余儀なくされる。
しかし、家族や友人の励ましで苦しい闘病生活に耐え、右脚を失った失意もスポーツに取り組むことで克服。義足を着けての厳しい練習も頑張り、04年アテネパラリンピック出場を勝ち取った。アテネ大会は予選で3メートル95の自己ベストとなる日本新(当時)を出すが、決勝進出の8位まで3センチ及ばず9位だった。 |
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