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■漫画「アラスカ物語」あった!
2008.02.22
34年前、少年雑誌に連載
石巻の先人・安田の功績広める資料に
市民有志が入手、公開検討/
 飢えに苦しむイヌイットの救世主となったフランク安田(安田恭輔、石巻市出身)を描いた小説「アラスカ物語」(新田次郎著)の漫画が三十四年前にあったことが分かった。小説の初出版と同じ一九七四年から週刊少年チャンピオン(秋田書店刊)に十三回連載された。安田の没後五十年法要に参加する石巻の市民グループが「子どもたちが、波乱の生涯を知るために役立てたい」と入手、公開展示を検討している。

漫画の「アラスカ物語」は、当時劇画作家で現在医療ジャーナリストとして活躍している旭丘光志さん(七〇)=埼玉県三芳町=が描いた。小説の出版から五カ月後の七四年十月発刊の四十二号から五十三号までと、翌七五年の一号で完結するまで計十三回続いた。

 初回は巻頭カラーで飾られた。小説と同じく、結氷で動けなくなった米沿岸警備船の救助を求めて、乗組員の安田が寒さと幻覚に苦しみながら徒歩で極北の村を目指すシーンから始まる。苦難を克服しイヌイットを新天地に導くストーリーが、生き生きと描かれている。原作を取り上げた最初のメディアだったこともあり、注目を集めた。

 原作者の故新田さんには、出版前から映画や漫画化の申し入れがあったという。新田さんはほとんどの話を断ったが、劇画化だけは快諾した。その上、アラスカで自身が取材したメモや写真など、さまざまな資料を旭丘さんに提供した。

 写実的な描写を得意とした旭丘さんは「新田さんのファンだったので、うれしかった。非常に心地良く描けた記憶がある。(漫画なので)脚色もあったが、ほとんど自由にやらせてもらえた」と当時を振り返る。

 「アラスカ物語」が映画になったのは、それから三年後の七七年。漫画が先行したことについて、旭丘さんは「自然と向き合う人間を表現するのに、劇画が適していたからではないか」とみる。

 漫画の存在を知ったフランク安田没後五十周年「メモリアルポトラッチ」実行委員会は、現代マンガ図書館(東京)などを通じて十三冊のうち、売り切れの最終号(七五年一号)を除く十二冊を入手した。

 実行委員長の西条允敏石巻市文化協会長は「地元の先人を描いた漫画は少ないので貴重な作品。多くの人たちに見てもらいたい」と、複数の展示機会を考えている。

 ただ、全巻そろっていないため「最終回の本を持っている人がいたら、ぜひ連絡してほしい」と協力を呼び掛けている。

 連絡先は、実行委事務局の山田正明さん(93)0049。

 週刊少年チャンピオン 1969年創刊。最初の週刊漫画雑誌だった「少年サンデー」「少年マガジン」(59年創刊)と比べ後発だが、70年代後半には発行部数でトップに立ったこともある。「アラスカ物語」連載中には「ブラックジャック」(手塚治虫)「ドカベン」(水島新司)などの人気作品も載った。

【漫画になっていた「アラスカ物語」(週刊少年チャンピオン)。初回は全ページカラーで巻頭を飾った】
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