■「逃げる間なかった」
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2007.12.11 |
救助3人沈痛、力なく
金華山沖丸中丸遭難/
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「曲がる(傾く)、沈む!」。石巻市の金華山沖で九日夜、四人が行方不明となった沖合底引き網漁船「第68丸中丸」(六六トン、沼田満也漁労長ら七人乗り組み)の遭難。僚船に届いた最後の無線は、漁労長の叫ぶような声だった。助かった三人の乗組員は「逃げる間もなく船が沈んだ」。惨事は漆黒の海での一瞬の出来事だった。女川港では「お父さん、大丈夫?」。三人を救助した僚船の到着を待ちわびた家族が、船べりに手を掛けて涙ながらに呼び掛けた。
丸中丸から「曲がる」との無線を受けたのは、九日午後八時四十分ごろ。十四隻の僚船は「(丸中丸の)明かりが消えた」と無線で連絡し合い、一斉に丸中丸が沈没したと見られる海域に直行した。
第32竜丸が、丸中丸が遭難した海域に最初に到着した。木村浩行漁労長(四〇)は「(助けを呼ぶ)声が聞こえた気がした」。その方向にサーチライトを向けると、男性が浮いているのを見つけた。
午後九時四十分ごろ、憔悴(しょうすい)した畑中健二操機長(四五)=北海道釧路町=を三人がかりで船に引き上げた。畑中さんは話ができる状態ではなかったが、命に別条はなかった。
その十分後。第38幸洋丸が、阿部善彦甲板長(六一)=石巻市=を発見する。救助用浮輪を投げるが、反応がない。
船を近づけ、漁業用のカギで阿部さんの襟を引き寄せ、数人で引き上げる。「顔に生気がなかった。このままでは危ない」。危機感を抱いた幸洋丸の木村重夫漁労長(五四)は、阿部さんの体を毛布でくるみ、何度もほおをたたいた。一時間後、阿部さんはようやく意識を取り戻し、「逃げる間もなく船は沈んだ」と、丸中丸が沈没した状況を説明した。
一方、女川港では、阿部さんの家族が魚市場の待合室と港を往復し、心配を募らせた。
十日午前三時五十分ごろ、阿部さんの乗った船が港に着くと、「お父さん、大丈夫?」。家族の一人が呼び掛けた。家族は阿部さんの姿を確認したが「まだ、行方不明者がいる…」。喜びと戸惑いが交錯する表情を見せた。
阿部さんの到着から四十分後。鈴木福雄機関長(五七)=石巻市=を乗せた僚船も無事、女川港に入った。鈴木さんも阿部さんと同じく、家族らに両腕を抱えられて救急車に運び込まれた。
救助された三人はいずれも石巻市内の病院に搬送されたが、命に別条はないという。
十日午前零時の現場付近は、西北西の風十九メートル、波二メートルだった。乗組員を救助した漁労長の一人は「丸中丸の漁労長はベテランで、むちゃな操業をする人ではなかった。それほど波が高かったわけでもないのに、なぜ沈没したのか…」と、沈痛な面持ちで話した。
ある行方不明者の家族の女性は、冷たい風が吹き抜ける女川港の岸壁に立ち尽くした。「陸でもこんなに風が強いと、沖の方は…。今までは事故に遭ったことがなかった。運の強い人だと安心していたのに」と声を詰まらせた。 |
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