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■運航管理の甘さ認める 2007.10.05
船主の山代水産社長
第7千代丸事故海難審判始まる/
 昨年十月六日、女川港沖で気仙沼市のサンマ漁船「第7千代丸」が遭難し、乗組員九人が死亡、七人が行方不明(死亡認定)となった事故の第一回海難審判が四日、仙台地方海難審判庁で開かれ、船を所有する山代水産の畠山昭四郎社長は同社の運航管理が不十分だったことを認めた。

 仙台地方海難審判理事所は乗組員全員が死亡したため刑事裁判の被告に当たる受審人は指定せず、海技従事者以外の被告に相当する指定海難関係人に船主の山代水産を指定した。畠山社長は「ほぼおっしゃる通り」と申し立て事実を認めた。尋問で「安全を優先するようにと話してはいたが、判断は現場の漁労長に任せていた。細かい指示は出していない」と述べ、当時の気象状況の認識について「低気圧に変わり、時間とともに穏やかになる予報だったので安心していた」と答えた。

 証拠調べでは、理事所の調査で乗組員が家族に「過積載で危ない目に遭った。運航の仕方を変えてほしいと専務に頼んだ」と話していたことが明らかになったが、畠山社長と長男の畠山正明専務は「聞いていない」と答えた。

 審判官からは「会社として現場の実態把握が足りなかったのではないか」などの指摘もあった。審判終了後、畠山社長は「真摯(しんし)に受け止め、再発防止に努めたい」と語った。

 審判を傍聴した甲板員渡部節夫さん=当時(五四)=の弟の紀夫さん(五〇)=気仙沼市=は「会社側が何を話すか聞きたかった。事故以前の航海で危険があったことを会社が『知らなかった』というのは信じられない」と話していた。

 申し立てによると、山代水産は運航の判断を漁労長に一任し、救命胴衣の保管場所なども把握していなかったなど、安全管理に問題があった。遭難する約五時間前に船に電話した際も、気象状況を尋ねただけで近隣の大船渡港や気仙沼港への避難を指示しなかった。
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