| ■不二の詩 新たに4編 |
2007.09.13 |
初期作品の年代くつがえる
昭和3年「川土手」
ペンネーム水上北斗 「赤い鳥」に収録/
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気仙沼市大島出身の詩人水上不二(一九〇四−六五年)の新たな作品が四編発掘された。現在まで確認されている五百編以外の詩。このうち「川土手」という題の詩は、最も初期とされていた作品よりも古く、これまで知られていない「水上北斗」というペンネームが使われている。このほかは戦後に作られた「一、十、百、千」など三編。気仙沼市在住のノンフィクションライター西田耕三氏が、児童文学資料を調査中に見いだした。
「川土手」は昭和三年十月一日発行の童話雑誌「赤い鳥」第二十一巻第四号に載っていた。「川土手を行こうよ、」で始まるのどかな情景の詩で、不二が東京の松江第一小学校(当時)に勤務していたころのものと判明した。これまで知られていた不二の詩で一番初期のものは、昭和五年十二月に発行された自家版詩集「私の内在」にある八編だった。
西田氏は気仙沼市で水産加工業などを営むカネダイ(佐藤亮輔社長)から今年に不二顕彰会準備会へ寄贈された「赤い鳥」の復刻版全百九十六巻を現在調べている。その中で、作品の中に「東京府下松江町第一小学校・水上北斗」とあるのを見つけた。
不二(元の本名は水上佐蔵、後に不二に改名)は「水上不二」と名乗る以前、ペンネームは「水上大陸」「水上宇多」を使い、戦時下では「日名古丹」を名乗っていたことが知られている。
戦後作品の新発掘は「無題」「地球はまるい」「一、十、百、千」の三編。「無題」は終戦で疎開していた気仙沼市大島の生家から東京に引き揚げ、住宅難の中でようやく見つけた埼玉県所沢の長屋の様子を描いた五一年の作品。
残りの二編は、世界的偉人を題材にした童話に添えたうちの「地球はまるい」(五四年)と「一、十、百、千」(六一年)。偉人の偉業を伝えようとしたり、数学の不思議を子どもの目でとらえようしたりした独自性を持った作品。
不二の作品は詩集作成にと託したはずの原稿が紛失などで時の流れの中に埋もれていたが、二〇〇四年の生誕百周年などを機に名古屋市の編集者水内喜久雄氏らによって発掘が進み、現在まで五百編が確認されていた。
西田氏は「不二の詩はまだまだ埋もれているように思う。優れた児童文学者としての不二の全体象をさらに明らかにするために、これからも発掘に努めたい」と話していた。 |
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