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■数奇な運命、世界一周たどる 2007.09.30
石巻「若宮丸」漂流民をしのぶ
女優 鈴鹿さん、講談熱く/
 「石巻若宮丸漂流民を偲(しの)ぶ会」が二十九日、石巻市山下町一丁目の禅昌寺であり、講談や講演、映像などを通して、約二百年前に日本人で初めて世界一周して帰国した石巻の千石船・若宮丸漂流民の足跡をたどった。参加した約二百人の市民は、江戸時代の鎖国下にあって遭難・漂流、ロシア漂着から十一年かけて故国の土を踏んだ先人たちの数奇な運命、海の男たちの物語に思いをはせた。

 石巻若宮丸漂流民の会(木村成忠会長)と石巻千石船の会(辺見清二会長)が主催。禅昌寺境内に若宮丸漂流民の遭難供養碑があることから偲ぶ会を企画した。

 供養碑の前で追善供養した後、本堂を舞台に、石巻市出身の女優・鈴鹿景子さんが講談「若宮丸漂流物語」を披露。木村会長が手がけた台本を下に「故郷なお遠く」「運命の船出」の二部構成で行った。

 鈴鹿さんにとって禅昌寺は菩提(ぼだい)寺でもあり、これも何かの縁と口演にも熱が入った。鈴鹿さんの圧倒的な語りが、二百年の時を超えて若宮丸漂流民の思いを今に伝えていた。

 講演では、東北大東北アジア研究センター教授の平川新さんが「若宮丸のロシア漂流と異国体験」をテーマに、若宮丸の歴史的意義などについて説いた。

 「ロシア、漂流民ゆかりの地を訪ねて」と題した映像の上映もあり、会員が実際に訪れてビデオ撮影した東シベリアの中心都市イルクーツクを紹介。市民らは日本語学校があった街並みの光景などに見入っていた。

 偲ぶ会には、若宮丸の船主で禅昌寺の檀家(だんか)だった米沢屋平之丞の子孫米沢幸子さん(七四)=石巻市旭町、米穀店業=も参加、米沢さんは「こうして多くの人に供養していただき、大変ありがたく思います」と感激していた。

 木村会長はあいさつで「若宮丸のことを多くの人たちに知っていただきたいと思い活動してきたが、若宮丸とのゆかりが一番色濃いこの地で、その目的が達成された」と話した。

 石巻若宮丸 1793年11月、千石船の若宮丸(乗組員16人)が石巻から江戸へ藩米を運ぶ途中、いわき市沖で遭難、ロシア領のアリューシャン列島に漂着。ロシアの役人に引き取られた後、シベリアを横断、当時の首都ペテルブルグに移住。この間に6人が病死。石巻出身の善六ら6人が洗礼を受け帰化。津太夫ら残る4人(うち太十郎と儀兵衛が東松島市室浜出身)が帰国を希望。大西洋、太平洋を巡り、1804年9月、親善大使レザーノフと共にロシア船ナジェージダ号で長崎に帰着。その2年後、古里にたどり着いた。帰化した者の中には善六のように通訳となって、その後の日ロ交渉史の舞台で活躍する者もいた。
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