| ■メキシコの常長像 立ち往生 |
2007.07.25 |
アカプルコ市の記念銅像
太平洋遠く、台座は破損
現地県人会「再び海辺に」働き掛けへ/
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メキシコとの文化交流促進のため、十八日から気仙沼に滞在している地元出身でメキシコ市在住の画家鈴木美登里さん(六〇)が気仙沼の文化関係者らと懇談し、仙台市の姉妹都市・アカプルコ市にある慶長遣欧使節の足跡を記念した支倉常長の銅像が、本来の場所から交通量の多い道路の緑地帯に移動され、台座の破損も進んでいる現状を明らかにした。鈴木さんは「常長の歴史的偉業を考えると、宮城出身の人間として悲しい」として、環境が良好な場所に移すなど改善への協力を関係者に呼び掛ける。
現地で県出身者組織「メキシコ宮城青葉会」の会長も務める鈴木さんは今年三月、常長の像が置かれた現状を見てショックを受けたという。
像は日本とメキシコ両国の親善、宮城ゆかりの歴史的人物の顕彰などを目的に、本来はアカプルコ市内で太平洋が見える公園内に一九七三年に建てられたが、青葉会の調査では、九〇年代初めに西に三百メートル移動した後、九七年には暴風の被害の影響で、現在地に移動されたらしい。
鈴木さんによると、現在地は海から離れ、海の方角も見ていない。行き交う車両に注意しながらたどり着くのが大変で、重要な観光スポットにもかかわらず、記念撮影ができる十分なスペースもない。現地の人には「支倉常長」の名は知られておらず、「サムライの像」というぐらいの認知しかされていないという。
鈴木さんは「現地の当局にも悪意はないと思うが、銅像の由来や常長の偉業をもっと知ってもらうために、スペイン語の銅像名や寄贈者名の表記、地面に近い位置にあるスペイン語碑文をより見やすくする必要がある。台座も修理して、再び太平洋が見える場所に設置するように、現地の県人会として当局に働き掛けたい」と話している。
県内の関係者も初めて事実を知った人が多く、慶長使節船協会の跡部進一専務理事は「現地を見ていないが、破損などがあれば何とかしたい。鈴木さんから現地の状況をよく聞きたい」と話している。
像は十七世紀に伊達政宗の命を受けて渡欧のため出帆した仙台藩士の支倉常長らの上陸第一歩の地として一九七三年十一月、県や仙台市、河北新報社がアカプルコ市の海岸に建てた。県出身の彫刻家佐藤忠良氏の作で、同じ銅像が仙台市の仙台城跡のほか、遣欧使節が立ち寄ったスペイン、イタリアにもある。
青葉会は今年二十五周年を迎え、八月五日に記念の総会、祝賀行事をメキシコ市内の日墨会館で開催することにしており、常長像の状況改善を通じて、県内関係者らとの交流の発展も期待している。 |
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