| ■勝敗決めた地盤の結束 |
2007.04.10 |
県議選石巻・牡鹿
須田氏若さ前面にトップ当選/
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任期満了に伴う県議選は八日投開票が行われた。現職六人が激しいサバイバル戦を繰り広げた石巻・牡鹿選挙区(定数五)は、須田善明氏(三四)=自民=が仙台市を除いて県内最多得票となる一万八千四百四十一票を獲得してトップ当選を果たした。他の当選者は本木忠一(四九)=無所属=、佐々木喜蔵(五八)=自民=、坂下賢(四五)=民主=、加賀剛(五五)=民主=の四氏。四選を目指した池田憲彦氏(五三)=自民=は票が伸びず落選した。市町合併後初の政治決戦は、「自民」二勝、「非自民」三勝という結果で幕を閉じた。
旧牡鹿選挙区の須田氏は、基礎票が約五千と当初は最もハンディが大きいとみられたが、「地元候補を絶対に落とせない」と女川、旧牡鹿町の結束が固く、それぞれの出身者の地縁、血縁を頼って旧市部を中心に支持を拡大した。
女川町で投票総数の89パーセントに上る六千三十四票を獲得して他氏を圧倒。石巻市で票田の旧市部を地盤とする本木、佐々木両氏に次ぐ一万二千四百七票を集め、二位に約四千五百票の差をつける大量得票となった。
推薦を受けた公明票に加え、水産関係者に幅広く浸透。候補者の中で三十四歳と一番若く「若さと新鮮さ」を前面に出した戦いが奏功して若者や女性票の受け皿にもなった。
本木氏は、立ち上がりが早く、広範囲に組織した後援会組織をフル回転させて旧町部にも攻め込み支持を広げた。石巻市でトップの一万三千六百十九票を獲得した。
土井喜美夫市長の全面支援や安住淳民主党衆院議員、市議たちの応援も受けて、一番安定した戦いを展開した。このため「本木は大丈夫」とムードの良さが先行。終盤で陣営を引き締めたが、上滑りした形だ。
佐々木氏は、地盤の旧市部に他陣営が攻め込む草刈り場となるため、旧市部の票固めに力を入れた。女性支持者を中心に陣営が結束。組織や団体に頼らない草の根的な運動に取り組み、終盤は「旧市部唯一の自民候補」と訴え、自民、保守層の票を掘り起こし、二〇〇三年県議選の得票に約千七百票上積みした。
坂下氏は「旧町部から政治の火を消すな」と陣営を引き締めた。旧桃生選挙区で十期県議を務めた父親の代からの支持者を中心に旧町部を固め、居住地のある旧市部への浸透に全力を挙げた。旧市部でも地縁、血縁、労組関係者などを頼りに支持を広げ四位に食い込んだ。
加賀氏は、底堅い後援会組織の結束を強め、労組関係のてこ入れも得て旧市、旧町部への支持開拓に努めた。終盤は安住衆院議員が支援を強化した。しかし、郡部地盤の他陣営から旧市部の票を食われ、〇三年県議選でトップ当選した票を約二千二百票減らしてかろうじて五位に滑り込んだ。
池田氏は、出身地の旧河南町の得票が「生命線」であるため、地元の票固めに奔走。周辺部と旧市部への浸透も図ったが、頼みの旧河南で投票率が旧町部最低の52・58パーセントにとどまったことが響いた。旧町部で支持者が多い旧桃生も他陣営に攻め込まれた。
石巻・牡鹿選挙区の当日の有権者数は十四万四千九百八十一人(石巻市十三万六千四十三人、女川町八千九百三十八人)。 |
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