トップニュースファイル≫2006年10月
■遭難の海に祈りと叫び 2006.10.12
第7千代丸乗組員の家族ら
女川湾の現場へ/
 女川湾で気仙沼市の山代水産のサンマ船「第7千代丸」(一九八トン)が遭難した事故で、死亡した漁労長と依然行方不明になっている乗組員計十六人の家族らは十一日、船体が見つかった出島周辺の海域にチャーター船で向かった。変わり果てた姿の船体を目の当たりにして、悲しみを一層深くしながら、行方不明者の無事を必死に祈り続けた。一方、十日に船体近くの海底で見つかったゴム片は、製造会社が調べた結果、十三人が乗って脱出したとされる救命ボートの一部であることが判明した。

 現地対策本部に待機していた家族や関係者八十六人は午前十一時ごろ、女川港の観光桟橋から、一様に険しい表情を浮かべながらチャーターした定期船「しまなぎ」などに乗り込んだ。

 約十五分で第7千代丸の船体がある出島海域に到着。船体まで百メートルほどの地点から双眼鏡をのぞいたり写真を撮ったりしながら無残な姿になった船体を見つめた。ハンカチで顔を覆う人や海に向かって叫ぶ人の姿もあった。

 チャーター船に同乗した山代水産の社員は「『お父さん』などと叫びながら、多くの人が泣き崩れていた」と様子を語った。

 現場では第二管区海上保安本部(塩釜)の潜水士が船体の周辺や海底の捜索を行っていた。家族らは約三十分間、船体と捜索の様子を見つめ、正午ごろ女川港に戻った。

 船を降りた女性は「海は穏やかで、事故が起きたのが信じられない。現場を見ることができて良かった」と目を真っ赤にしながら話した。

 十一日午後三時二十分ごろには、十日にゴム片が見つかった場所から、さらに大きいゴム片を回収した。

 一方、現地対策本部は十一日早朝から、底引き網漁船九隻による海底の捜索を開始。女川湾と鮫浦湾で午後四時まで行ったが、有力な手掛かりは得られなかった。

 同日午後、伊藤克彦副知事が現地対策本部の家族を見舞った。その後、伊藤副知事は記者団に「県としても救出を信じて最大限努力したい」と話した。

 予定されている船体の引き揚げ作業は、来週以降になる見通しとなった。

【初めて遭難現場を訪れ、涙を流しながら船体を見つめる家族ら=女川町出島周辺海域】
ニュースインデックスへ戻る
※本ページに掲載の記事・写真などの一切の無断転載を禁じます。
Copyright (C) 2002 SANRIKU KAHOKU INC. All Rights Reserved.
WWW.SANRIKU-KAHOKU.COM