| ■サンマ船の16人不明 |
2006.10.08 |
嵐の女川湾で気仙沼の「第7千代丸」
漁労長ら石巻の3人も船体、出島近くで発見/
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石巻地方は六日から七日にかけて、発達しながら本州太平洋岸を北上した低気圧の直撃を受けた。猛烈なしけになった女川湾では六日夜、気仙沼市の大型サンマ漁船「第7千代丸」(一九八トン)が航行不能になり、石巻市の三人を含む乗組員十六人全員が行方不明になっている。第二管区海上保安本部(塩釜)は七日午前零時、海難対策本部を設置し、前夜からの捜索を続行している。陸上関係では、倒木や冠水で道路が寸断され、停電や家屋の浸水が相次いだ。稲や養殖カキなど産業関係への被害拡大も懸念されている。
第二管区海上保安本部に入った連絡によると、六日午後九時四十五分ごろ、女川町出島周辺の海域で山代水産(気仙沼市)所有の「第7千代丸」が座礁した。
石巻市の三人を含む十三人が救命ボートで脱出したが、船に残った三人を合わせた十六人全員が行方不明になった。同本部は巡視船二隻やヘリコプター、飛行機で現場海域を、警察と消防も陸上から捜索。午後二時すぎに船体が出島の海岸近くで、横倒し状態で漂流しているのが発見された。その約一時間後、女川原発付近で救命ボートも見つかったが、いずれも無人だった。
行方不明の石巻市の乗組員は漁労長阿部和男さん(七〇)=渡波黄金浜=、船長千葉常治さん(五七)=雄勝町雄勝=、甲板員阿部基さん(三六)=東中里一丁目=。同市以外では気仙沼市の十人、南三陸町の三人が乗船していた。
保安本部によると、六日午後十時前、山代水産に「波をかぶり機関が停止し、航行不能となった」と救助要請。十時四十五分に「船が座礁し十三人が救命ボートに乗り移った」という連絡を最後に交信が途絶えた。
船は四日朝に気仙沼港を出港。宮古港の東約三百三十キロ沖で操業し、六日午前一時ごろ漁場を離れ、水揚げのため女川港に同日午後十時に着く予定だった。
事故当時の現場海域は雨で三〇メートルの強風。波は七−一〇メートルと高く、視界はゼロに近かった。
現場から近い女川町塚浜漁港そばの町消防団第四分団塚浜班の資材置き場には消防団員や女川町漁協組合員らが詰め掛けた。阿部彰喜漁協組合長(五七)は「こんなひどいしけは生まれて初めてで、手が出せない」と話していた。
保安本部は資材置き場のホワイトボードに逐一様子を記していたが、「巡視船・湾内に入れず」「海保ヘリ・網地島で引き返す」などと困難な状況が続いた。海上保安官の一人は「せめて風だけでも弱くなれば」と語っていた。
七日午前七時半に、女川魚市場や町、警察、消防などで構成する現地対策本部(本部長・木村稔女川魚市場社長)を同市場に設置。情報収集や家族、山代水産への対応に当たった。
【暴風雨と高波で荒れ狂う海。この沖でサンマ漁船が座礁した=7日午前9時ごろ、女川町塚浜】 |
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