| ■福永氏の功績に光を |
2006.06.15 |
気仙沼高第2代校長
「ユリシーズ」など研究
気仙沼の西田さん思い出、情報求める/
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気仙沼市のノンフィクションライター西田耕三氏(同市内の脇)が、新制気仙沼高の第二代校長、福永和利氏(一九〇五年生まれ、故人)の功績について研究を進めている。福永氏は、二十世紀小説の最高傑作と言われる「ユリシーズ」の著者ジェイムズ・ジョイス(一八八二−一九四一年)の研究で、日本の作家に大きな影響を及ぼしたとされる英文学者。「二年後に新制高校六十周年を迎えるのを機に、これまで当時の教え子の一部にしか知られていない福永氏の英文学者としての業績に光を当てたかった」と語る西田氏。福永氏が気仙沼高校長時代のことを知る人たちの情報協力も求めている。
西田氏によると、福永氏は旧制三高(現京都大)を卒業後、東北大文学部に入り、英文学者、日本古典文学研究者で当時文学部長だった土居光知氏(一八八六−一九七九年)に出会う。土居氏は、ジョイスの「ユリシーズ」について、日本で初めて本格的な紹介論文を発表していた。
土居氏との出会いを機に、ジョイスの研究を始めた福永氏は、一九三一年十月から三二年三月まで雑誌「英語青年」に、「ユリシーズ」やジョイスの紹介文を十回にわたって連載した。当時二十六歳。
三四年十月には自著の英文学評伝叢書(そうしょ)「JAMES JOYCE」(研究社刊)を発刊。日本で初めてジョイスの略伝を紹介し、「ユリシーズ」「ダブリン人」などの作品や当時執筆中だった小説も作品も取り上げて、評論などをまとめた。
ジョイスの小説は、一つの言葉の中に、二つ、三つの意味を込めるなどの手法を取り入れており、福永氏の叢書でその内容が紹介されたことで、川端康成、谷崎潤一郎、芥川龍之介、横光利一や伊藤整、丸谷才一など著名作家の作品に大きな影響を与えたという。
気仙沼高校長に就任したのは、四八年八月。同校は同年四月の学制改革で気仙沼中学から校名を変更。仙台一高から赴任した福永氏は、旧制中学から通算して六代目、新制高校としては二代目の校長だった。
校長を五二年三月まで務めた後、奈良女子大文学部教授となり、文学部長などを務めて六九年三月に定年退職。その後、大谷大学(京都府)で講師を務め、九二年十一月には勲三等旭日中綬章を受章しているという。その後死去したが没年は不明。
西田氏(新制高校三回生)は一年先輩に当たる、元放送大学客員教授の斉藤克己氏(仙台市青葉区)の協力なども得て、関連資料の収集に取り組んでいる。斉藤氏は「在学中は福永先生の授業も受けた。英語への造詣が深く、難しい教科書の内容を明快に説明していただき、次の授業が楽しみだった」と話す。
西田氏は「いろいろな資料を読むにつれ、あらためて福永氏の功績のすごさを実感する。校長時代も戦後の混乱期で、教師、生徒の価値観も揺れ動く中、民主主義による学校の姿をつくり上げた功績者だった」と語る。特に福永氏が校長だった時期の一−六回生に、思い出、エピソードなどの情報提供を求めている。連絡先は0226(23)0862。 |
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