| ■200年前の”国際人”しのぶ |
2006.06.18 |
儀兵衛、多十郎に光初めて世界一周した日本人
東松島・宮戸若宮丸乗組員帰郷祭/
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江戸時代後期に石巻港を出港して遭難、ロシア領に漂着後、苦難の道のりの末、一八〇六年に古里にたどり着いた千石船若宮丸の乗組員四人のうち、儀兵衛と多十郎をしのぶ「帰郷二百年祭」が十七日、出身地・東松島市宮戸の観音寺で開かれた。市民ら約二百人が、日本人で初めて世界一周する形で帰国した二人の数奇な生涯に思いをはせると同時に、国際人として先駆者となった偉業を顕彰していくことをあらためて誓った。
石巻若宮丸漂流民の会、東松島市郷土史友の会、宮戸地域振興推進協議会が主催。観音寺には多十郎の墓があり、二百年祭に先立ち墓前供養祭と、同市教育委員会が観音寺に設置した案内板「はじめて世界一周した日本人 儀兵衛と多十郎」の除幕式が行われ、先人の功績をたたえた。
二百年祭では、漂流民の会会長の木村成忠さんが手掛けた脚本「若宮丸漂流物語」を、石巻市出身の女優鈴鹿景子さんが一人芝居の形で演じた。鈴鹿さんの感情を込めた語りは、若宮丸の波乱に満ちたドラマを再現、鎖国下にあって歴史の波に翻弄(ほんろう)された十六人の乗組員の人生を浮き彫りにした。
同会副会長で東北大教授の平川新さんが「漂流民とロシア」と題して講演、日ロ交渉史の中で若宮丸の果たした役割や歴史的意義を説いた。
ほかに宮戸小の児童が二〇〇四年に演じた若宮丸に関する創作劇のDVD上映会や、市内の紙芝居愛好者松本昭英さんが昨年制作した大型紙芝居「初めて世界一周した日本人 若宮丸漂流」の上演もあり、若宮丸物語が郷土の歴史遺産として市民の間に浸透しつつあることを示した。
木村さんは「漂流民の一人は『我れ死たることを語りくれよ』と言い残している。若宮丸と漂流民の知名度を上げるような活動をしたい」と話した。参加した多賀城市、会社員相沢照雄さん(五八)は「以前、碑を見て関心を持った。世界一周した内容が分かって感激した」と喜んでいた。
若宮丸乗組員十六人のうち、帰国を希望したのは宮戸室浜出身の儀兵衛、多十郎ら四人。ロシア初の世界一周就航船ナジェージダ号で大西洋を南下し、南太平洋を渡って、一年三カ月の航海を経て一八〇四年に長崎に入港、くしくも初めて世界一周した日本人となった。二年後の〇六年二月、石巻港を出港してから十三年ぶりに帰郷した。 |
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