最近話題の映画などを記者の目から紹介しているコラムです。

■英国王のスピーチ

 石巻でまさか見られるとは。渋谷のル・シネマや日比谷シャンテといった代表的なミニ・シアター系の映画館と同じ作品「英国王のスピーチ」が石巻で上映されている。

 吃音(きつおん)に悩む男が、スピーチ矯正の専門家と出会い、克服していく物語。これだけなら話題にもならないだろうが、実話で、吃音の男が後に英国王になるといったならば話は別。今のエリザベス女王の父であるジョージ6世(コリン・ファース)である。

 時代はヒトラー率いるナチスが台頭してきたころ。英国民が求めたのが国王の言葉。スピーチで国民を励ますことができるのか。トム・フーパー監督はサスペンスをはらんだ、ユーモアとウイットに満ちた上質のコメディーに仕上げている。

 スピーチ矯正の専門家ライオネル(ジェフリー・ラッシュ)とのやり取りが最高におかしい。片や王室の人間、片やオーストラリアから移住した外部者で医師の免許も持っていない町の施療家。身分も、育った環境も全く違う2人が出会うことで起きる友情物語だ。

 ラッシュは「パイレーツ・オブ・カリビアン」の海賊バルボッサと言えば分かるだろう。「ハリー・ポッター」シリーズでおなじみの俳優らも出演。アカデミー賞で主要4部門(作品、監督、脚本、主演男優)を受賞したニュースも飛び込んできた。この勢いで石巻でもヒットしてほしい。


■ヒア アフター

 クリント・イーストウッドが、監督作品31作目として取り上げたテーマは「来世」(ヒアアフター)である。と言っても死後の世界を直接、描いた映画ではない。ピーター・モーガン(「クィーン」の脚本家)の脚本は「死」に直面した登場人物たちが、孤独感や喪失感、絶望感などに苦しみながらも、懸命に「生」と向き合おうとする姿を描いている。

 この物語に強く引かれたのがスティーブン・スピルバーグで、自ら製作を引き受けたのも話題。

 主な登場人物は3人。それぞれの物語がサンフランシスコ、ロンドン、パリを舞台に展開する。

 死者の声が聞こえる才能を持ちながら「呪い」だと嫌悪し霊能力者であることを隠して暮らすジョージ(サンフランシスコ)。双子の兄を事故で亡くした悲しみから内にこもる少年マーカス(ロンドン)。臨死体験で見た不思議な光景の意味を探ろうとするジャーナリストのマリー(パリ)。

 映画はCGによる迫力ある津波シーンから始まるが、その後は抑制の効いた演出で3人の人生を見つめていく。色調を抑えたトム・スターンの撮影がまた3人のドラマに深い陰影を与えている。

 最後に3人の人生はロンドンで交錯するが、答えはない。答えの探究は観客自身に委ねられる。ジョージが文豪ディケンズのファンという設定が興味深い。博士役マルト・ケラーが懐かしい。


■キック・アス

 アメリカン・コミックからは、今までスーパーマン、アイアンマン、スパイダーマンといったスーパーヒーローが次々誕生してきた。このアメ・コミ文化を背景にして作られたのが「キック・アス」。これが予想を超えた面白さだった。

 強い父娘が登場する。バットマンとロビンのコンビのように犯罪者を退治していく。驚きは娘がまだ11歳であること。そんな女の子が悪人たちを血祭りにあげていく。

 だが、この映画が本当にユニークなのは彼ら親子が主役ではなく、脇役だということ。真の主人公は、アメ・コミ文化の中で育ったごく平凡な男子高校生ディヴ。

 特殊能力もなければ、強くもないディヴがコスチュームを着て、”キック・アス”と名乗り、街をパトロールし始める。「スーパーヒーローにあこがれながら誰もなろうとしない。それならば自分がなってやる」と、単純な理由からだ。逆に街の不良たちにボコボコにされる。それでも立ち向かうキック・アスの姿がネットで流され、市民社会の共感を呼んでいく。

 監督マシュー・ヴォーンは、強い親子の力を借りながら、本当のヒーローになっていく少年の成長物語に仕上げた。原作者のマーク・ミラーによると「惨めなくらい自伝的」だそうだ。

 アメ・コミファンだというニコラス・ケイジの出演がうれしい。MOVIX利府で上映中。


■ザ・タウン

 俳優のベン・アフレックが、監督としても才能を発揮したのが「ザ・タウン」。ボストンは、大リーグのレッドソックスの本拠地がある都市として今では日本人にも知られているが、映画では別の顔を見せる。

 ボストンの一角にあるチャールズタウンが舞台で、かつては「アイリッシュ・マフィアの町」と呼ばれた。映画も冒頭で銀行・現金輸送車強盗が世界で一番多い町?と紹介。畳み掛けるような演出でドクロの面をかぶった4人組による銀行襲撃が描かれる。レッドソックスの本拠地フェンウェイでのFBIとの激しい銃撃戦も見せ場。

 が、単純な犯罪アクション映画ではない。原作があって、たぶん監督・脚本、そして主演のダグ役も兼ねたアフレックが引かれたのは、きっちり人間ドラマが描き込まれていたからだろう。

 チャールズタウンという町の裏社会、家族のような仲間とのしがらみ、父との確執に縛られていたダグが、ある女性との出会いをきっかけに、犯罪から足を洗い、新しい人生を始めようと町を、組織を抜け出そうと闘う物語だ。

 ダグの心を変えるのが銀行強盗の時の人質クレアというひねりがまた面白い。2人の間で交わされた一つのセリフがラスト、重要な意味を持つ。脚本のうまさにも感心。

 「ハート・ロッカー」のジェレミー・レナーがダグの兄弟分で好演。


■RED/レッド

 ブルース・ウィリスの主役が決まると、ジョン・マルコビッチ、モーガン・フリーマン、リチャード・ドレイファス、そしてヘレン・ミレンとアカデミー賞スターが次々出演を快諾したという。ミレンは初のアクション映画らしいが、瞬きもせず銃を撃ちまくる。殺し屋を貫禄で演じていた。

 最近、CGに頼らない映画が目立つ。「アンストッパブル」は本物の機関車を暴走させた。「RED/レッド」は主演を張れる大物スターたちの共演で魅せる。マルコビッチのパラノイア的演技のおかしさといったように、アクションの中にも個性がぶつかり合う演技のアンサンブルが、この映画の一番の見どころ。

 CIAを引退し、余生を送っていたウィリスらが、何者かに命を狙われるはめになり、真相を探るため再び”現役”に復帰するというのが大筋。意外とドラマ部分がしっかりしている。

 ウィリスら”おじいさん”世代と、若手のCIAスパイとの、丁々発止の対決がもう一つの見せ場。結末がさわやかなのも好感が持てる。

 驚きの出演はもっといる。1990年代の青春スター、メアリー=ルイーズ・パーカーが懐かしい。さらにアーネスト・ボーグナイン(94歳)も登場、尊敬のまなざしでウィリスが演技していたのはこちらの目の錯覚?

 ぜいたくな配役を実現させた監督のロベルト・シュヴェンケに感謝。


■人生万歳!

 東京・恵比寿ガーデンシネマの休館は寝耳に水だった。ウディ・アレン映画を積極的に公開してくれた映画館で、お気に入りだった。

 休館する約1週間前、感謝の意味も込めてお別れに行ってきた。最後の映画もアレン監督の新作「人生万歳!」だった。

 毒舌を吐くことしか知らない人間嫌いの天才物理学者と、南部からニューヨークにやって来た純情な娘の出会いが引き起こす化学反応が面白い。娘を捜して母親が、次に父親が追い掛けてきて、それぞれが真の自己に目覚めていくところがおかしい。アレン流のスパイスの効いたユーモアが、満員の劇場を笑いの渦に巻き込んでいた。爆笑していたのはアメリカ人と思われる人たちだった。

 そう、昼の回は満席となった。アレン映画はいつも混むが、休館を聞きつけて押し寄せたファンもいたはずで、場内は熱気に包まれた。一緒に笑い、感動を分かち合う。これが映画館で見ることの喜び、幸せだが、図らずも休館を迎える映画館で味わうとは。ちょっと複雑な思いを抱いた。

 出口で観客一人一人に「ありがとうございました」と頭を下げるスタッフ。帰り際、記念写真を撮るファン。たぶんこれらすべてを引っくるめて「人生万歳!」は記憶に刻まれていくのだろう。これが映画を見るという行為だと思う。

 恵比寿ガーデンシネマよ、ありがとう。


■ソーシャル・ネットワーク

 「セブン」「ファイト・クラブ」「ベンジャミン・バトン」と、常に社会的話題を巻いてきたデイヴィッド・フィンチャー監督が挑んだテーマは現代社会を動かしているインターネットである。

 と言っても難解な映画ではない。インターネットの世界そのものを描いている訳ではなく、それに取りつかれた若者たちの人間ドラマだからだ。

 実話で、主人公は世界で最も若い億万長者となった、フェイスブックの創始者マーク・ザッカーバーグである。

 2003年、ハーバード大の寮の一室から、世界最大のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)フェイスブックを始めた19歳のマークが、何を手に入れ、何を失ったかが描かれる。

 インターネットを題材にしているものの、フィンチャーも脚本のアーロン・ソーキンも、興味を持ったのは青年たちの身に起きた出来事の方だ。フェイスブックは盗作だという訴訟場面をメーンに、友情や裏切り、孤独や不安、嫉妬(しっと)や欲、富や名声といった実に人間的な悲喜劇が展開する。人間の強さ、弱さに焦点をあてている。

 何より映画に独自の魅力を与えているのは、スピーディーで抑制の効いた演出だ。熱いドラマだけれども冷めた感覚がある。フィンチャー映画の特徴かもしれない。

 インターネット時代を象徴する青春映画の傑作が誕生した。


■アンストッパブル

 ジョン・フォード監督の「駅馬車」を1日中、名画座で見ていた時があった。大平原を駆ける駅馬車、疾走(しっそう)する馬の上でライフルに弾をこめながら追いかけるうインディアン。単純なアクション・シーンだが、何度見ても躍動感に興奮した。フィルムに生命力が宿っていた。これが映画だ−と感動した。

 トニー・スコット監督の「アンストッパブル」に同じような興奮を覚えたと言ったら大げさか。

 毒物を積んだまま暴走する無人の機関車を、何とか止めようとする人間たちの物語に手に汗を握った。シンプルなストーリー、一直線のアクションに引き込まれた。

 実写に徹した作りにも感動した。本物の機関車が大地を、街の中を、猛スピードで走り抜ける。ばく進する機関車に、ヘリコプターから人が飛び乗ろうとする。

 すべてが本物だ。スコット監督はコンピューターグラフィック(CG)に頼らずに、カメラ4台を同時に回して撮影したという。本物だけが持つ重量感、スピード感に、「これが映画だ」と再び心の中で叫んでいた。

 ベテラン機関士、新米車掌の2人が対立しながらも危機に立ち向かう人間ドラマでもあり、これがまた観客を熱くする。

 鉄道事故の実話を基にしているのも強み。主演のデンゼル・ワシントンとスコット監督、これがコンビ5作目。快作が生まれた。


■バーレスク

 舞台だったなら、ここで拍手が起きているだろう。ミュージカルシーンが終わるたびにそう思った。歌と踊りによる豪華なショーが夜ごとに繰り広げられるクラブ「バーレスク」に魅了された。

 田舎の娘が、大好きな歌でスターになることを志して単身、大都会ロサンゼルスに向かい、夢をつかもうとする。こんな話は別に珍しくないが、クリスティーナ・アギレラとシェール、この新旧の歌姫の共演となれば話の次元が違う。

 アギレラが田舎娘のアリ、シェールがバーレスクの経営者テスを演じているが、2人のパフォーマンスに圧倒された。これが映画初出演というアギレラの歌唱力にびっくり。女優としても活躍するシェールの風格ある歌声も聴きどころ。

 物語はクラブの危機をめぐって展開する。アリが引き抜けの誘いを受けたりもする。彼女が選択した道は。アリの成長物語でもあり、テスとの関係が母娘に見えてくる。

 2人を支える男性陣が好感度抜群。アリのルームメイトでバーテンダーのジャック(キャム・ギガンデット)、テスの参謀格的存在で舞台監督のショーン(スタンリー・トゥッチ)がドラマに膨らみをもたらす。アリとほかのダンサーたちとのやりとりも興味深い。ショーや舞台裏を描かせたなら、アメリカ映画はやはりうまい。監督・脚本はスティーブ・アンティン。仙台圏で公開中。


■キス&キル

 この季節、大作や話題作がめじろ押しだが、個人的に楽しみにしていたのが、キャサリン・ハイグルとアシュトン・カッチャーが共演した「キス&キル」。

 決して大作でも、話題作でもない。でも、ロマンスあり、アクションあり、サスペンスありのラブ・コメディーで、なかなか面白い。

 お嬢様育ちのジェンがバカンス先で素敵な青年スペンサーと出会い、結婚。新婚生活は順調だったが、一転、命の危険にさらされる。観客はスペンサーの正体を分かっているが、ジェンが何も知らないところがミソ。

 原題は「キラーズ」。殺し屋の複数形と、とんでもないコメディー。スペンサー役アシュトンの体を鍛えたアクションが見どころの一つ。

 が、この映画を魅力的にしているのはジェン役のキャサリンだろう。次世代ラブ・コメディーの女王と言われている。ロバート・ルケティック監督作品には「男と女の不都合な真実」(2009年)に続いての出演。その監督のキャサリン評。

 「彼女をスクリーンで見ると心が温まる」

 今年32歳となった彼女だが、14歳の時から知っている。「ひと夏の恋 恋人はパパ」だ。父親をジェラール・ドパルデューが演じていた。今回も父親がトム・セレック、母親がキャサリン・オハラと頼もしい。ラスト、意外な真相が明らかになる。仙塩圏で上映中。


■終着駅 トルストイ最後の旅

 ロシア文豪で20世紀を代表する作家トルストイが亡くなってちょうど100年。映画は逝去した1910年、82歳のトルストイに焦点を当てる。

 いわゆる偉人をたたえる伝記映画を期待すると外れる。この映画に描かれる最晩年のトルストイは、すごく人間くさい。

 私有財産性を否定するトルストイと信望者チェルトコフが著作権を民衆に譲渡しようとするが、家族を養う理由からトルストイの妻ソフィアが著作権放棄に反対する。この両者の対立を軸に物語は進むが、トルストイを崇拝し秘書となる青年ワレンチンの視点で語られるところがユニーク。

 しかも、真の主人公はソフィヤだから面白い。世界三大悪妻の1人に数えられるが、ヘレン・ミレンが夫や家族を思いながら女性としての誇りと意地を通そうと闘う夫人を熱演、ソフィヤ像に新たな光をあてる。

 理想と妻への愛に引き裂かれるトルストイを、クリストファー・プラマーが人間味たっぷりに表現。本物のトルストイを目の当たりにしているような感動を覚えた。

 ヤースナヤ・ポリャーナにあるトルストイ邸とトルストイ主義を信望する人たちのコミューンの場面も興味深い。ワレンチンの恋が、もう一つの物語を奏でる。

 複雑で重層的な原作を映像化したのがマイケル・ホフマン監督。仙台市内のチネ・ラヴィータで公開中。

■エクリプス トワイライト・サーガ

 シリーズ3作目は新種のヴァンパイア集団”ニューボーン”が登場。シリーズ中、最も派手なアクションが見せ場。

 が、物語の核はあくまで女子高校生ベラと、ヴァンパイアであるカレン家のエドワード、宿敵・狼一族のジェイコブによる恋のトライアングル。青春ものに禁断の恋を絡めた点が、全米では若い世代に受けている。

 しかも、今回は3人の関係に新たな展開が見られるほか、カレン家の人々の過去や、狼一族の歴史が明らかになるなど興味が尽きない。

 映像技術が発達した今日、アクションを売り物にできる題材のはずなのに、安易にホラー路線には走らず、異色の青春映画としての魅力を追求する。その精神をデヴィッド・スレイド監督も受け継いでいる。

 象徴的なのが高校の卒業式での、ベラの親友の卒業生代表あいさつ。人生は選択の連続であること?を説く。主役3人の心の葛藤(かっとう)と重なり合い、シリーズの重要なテーマにもなっている。

 もちろん見どころは、ベラの命を狙うニューボーンに、対立してきたカレン家と狼一族が協力して迎え撃つクライマックス。最古で最強のヴァンパイア・ヴォルトゥーリ族の脅威も描かれる。

 彼ら3人はどのように運命と向き合い、自らの生き方を選択していくのか。シリーズはいよいよ佳境を迎える。


■恋愛戯曲

 劇作家の鴻上尚史が、自分の書いた舞台を自ら監督し映画化した。

 スランプ気味のテレビドラマの人気脚本家が、新作のストーリーを締め切り日までに完成させられるかどうかをめぐって展開。制作や営業、編成といった各部局の思惑やスポンサーの意向などを絡めて描いたコメディーである。

 メーンキャストは脚本家の谷山と、さえないプロデューサーの向井。ホテルの一室に閉じこもっての共同作業シーンがおかしい。脚本家を若い女性にしたところがミソ。「わたしと恋に落ちてください」と初対面の向井に”強制恋愛”を迫る。恋に落ちないと1行も書けない?というわがままぶりで向井を振り回す。

 深田恭子が、女王のような谷山のキャラクターにぴったり。向井を演じるのが椎名桔平。コメディー初挑戦だが、彼女の無理難題に翻弄(ほんろう)される向井を楽しそうに演じている。

 一番の見どころは深田と椎名がそれぞれ1人3役をこなすところ。現実の世界、テレビドラマの世界、その劇中劇?と三つの物語が進行する。舞台ではどのように演出したのか、見たくなった。向井の最後のセリフが落ちになっている。

 共演陣は井上順、西村雅彦、清水美沙、塚本高史と個性的でにぎやか。中村雅俊が友情出演。鴻上の舞台「僕たちの好きだった革命」で主役を演じた縁に違いない。


■時代劇は面白い

 時代劇を3本見た。どれも個性的で、それぞれの楽しみ方があった。

 三池崇史監督の「十三人の刺客」は、1963年に作られた工藤栄一監督による同名映画のリメーク。アクション好きにお薦め。松方弘樹の殺陣がやはり群を抜いてうまかった。主に舞台で活躍している人だが、存在感があったのが敵役側の市村正親。せい惨な場面もあるけれど、戦うことに生きざまを感じる彼らの姿に、三池監督はリメークの価値を見いだしたのではなかろうか。

 佐藤純彌監督の「桜田門外ノ変」は、吉村昭原作の映画化。大老・井伊直弼の暗殺を、襲撃した側から描いている視点がユニーク。見せ場である暗殺の場面を最初に持ってきた作りが大胆。開国か攘夷かで揺れる幕末の中に描かれるのは、事件を起こした者たちがたどる悲劇的な運命である。国の将来を思う個々の志と、歴史という大きなうねりを交錯させた、なかなかの意欲作だ。

 ちょっと毛色が変わっているのが廣木隆一監督の「雷桜」。身分の違う若い男女の恋を描き、時代劇版「ロミオとジュリエット」とも言われているが、別な映画の方を連想した。ゴールズワージー原作の映画化「サマーストーリー」(1988年)である。山奥で奔放に暮らしてきた少女・雷を演じる蒼井優が乗馬や殺陣で奮闘。現代的な感覚があり、時代劇の新たな可能性を示した。


■死刑台のエレベーター

 2組の男女の愛と欲望が絡んだそれぞれの殺人事件が同時に進行する。

 不運な男は、エレベーターに閉じこめられる時籐(阿部寛)。愛する女・芽衣子(吉瀬美智子)のために完全犯罪を実行するが、乗ったエレベーターが止まってしまう。

 事情を知らず、時籐を探し求めて夜の街をさまよい歩く芽衣子のシーンが一つの見せ場。その彼女が目にするのが、助手席に若い女性を乗せた時籐の車。実は若いカップル(玉山鉄二、北川景子)が盗んだあげく、箱根で殺人を犯す。証拠はすべて時籐の犯行を示す。4人に待っている運命の皮肉が描かれる。

 知っての通り1957年の仏映画の名作「死刑台のエレベーター」のリメークである。緒方明監督の度胸を買いたい。

 どうしても仏版と比較してしまうが、リメークを新作のように楽しめたのは、やはりオリジナル・ストーリーがよくできているからだろう。

 53年前との大きな違いは携帯電話の存在か。どのように扱われるのか興味深かった。小道具のカメラも、事件の重要な鍵として今回も登場する。

 もうけ役は刑事役の柄本明か。仏版ではリノ・ヴァンチュラが演じていた。出番こそ少ないが、この映画のテーマともいうべき、印象に残るセリフをはく。

 「人は、愛した証を必ず何かの形で残す。愛が絡んだ完全犯罪というものはこの世にない」


■スープ・オペラ

  夜のスキー場のリフトに取り残された3人の男女の運命を描いた恐怖映画「フローズン」(米)の後に見ただけに、心温まる内容にホッとした。

 タイトルからして「スープ・オペラ」。鶏がらを使ったスープが重要な役割を果たすファンタスティックな日本映画だ。

 突然独りぼっちになったルイ(坂井真紀)の住む古い大きな家に、寝泊まりするようになる父の世代のようなトニー(藤竜也)と、弟のような康介(西島隆弘)。この3人の奇妙な共同生活が面白おかしく描かれる。

 叔母のトバちゃん(加賀まりこ)に育てられたというのがヒロイン、ルイの設定である。けなげに生きるヒロインを坂井が魅力的に演じる。どんな状況をも受け入れ、常に前向きにとらえるルイの生き方を周りの人々も温かく見守る。

 大きな事件や出来事が起きるわけではない。だいたいは平凡に日常が過ぎていく。が、その中にこそ元気の素、幸せの素があるという。原作者の阿川佐和子はそう語る。

 登場人物たちが夜の遊園地に集うクライマックスが幻想的。回ることのなかった回転木馬が回り出す。ルイの夢だが、覚めた時の彼女の表情がいい。夢ははかないが、人生は続いていくことを受け止める。明日を元気に生きるエネルギーをヒロインからもらえる。監督は瀧本智行。ロケに使われた遊園地が、閉園した大崎市の遊園地だった。


■ゾンビランド

 ゾンビ映画は苦手なジャンルだが、その割にはけっこう見ている。今、話題の3D映画「バイオハザード4.アフターライフ」も、過去のシリーズ3作も全部見ている。

 だが、今回紹介するのはちょっと変わったゾンビ映画。タイトルも「ゾンビランド」。

 ホラー映画でありながら、コミカルなシーンもあれば、ラブ・ストーリーの要素もある。何よりアクション・ロードムービーに仕上がっており、全米で大ヒットしたのもうなずける。ゾンビ映画の枠に収まらない異色作である。

 おく病で、引きこもりの青年コロンバスが生き延びてきたという設定からしておかしい。旅の途中で出会うのが、ゾンビを恐れない屈強な男タラハシーと、詐欺師の美しい姉妹ウィチタとリトルロック。4人の珍道中がゾンビだらけの米大陸を舞台に繰り広げられる。

 彼らが目指す所が、ゾンビのいない天国がある遊園地。理想の地を探す「バイオハザード」のパロディーではないか。

 大物スターのサプライズ出演もある。コロンバスとウィチタの恋の行方も気になる。一番の見せ場はゾンビが襲ってくるシーンだろうが、随所にナンセンスなギャグと、映画ネタを盛り込んだ作りで笑わせる。コメディーの乗りで楽しめる痛快作だ。監督は、これが本格デビューとなるルーベン・フライシャー。

 仙台市内で公開中。

■華麗なるアリバイ

 今年は英国が生んだミステリーの女王アガサ・クリスティー生誕120周年に当たる。これを記念してか「華麗なるアリバイ」が公開された。

 と言っても今年作られた映画ではない。2008年作品で、原作は1946年に発表した名探偵ポワロもの「ホロー荘の殺人」。しかも英映画でないところがまたミソ。仏映画で、舞台も現代フランスに移されている。

 さらに、ポワロがカットされている。しかし、これはアガサ自身、51年にこの作品を戯曲化した時、恋愛心理劇に邪魔とばかりにポワロを削除しているので、映画もこれにならった格好だ。

 ある上院議員宅に集まった男女10人。精神科医でプレイボーイのピエールが銃で殺される。妻や元愛人、元恋人、現在の愛人らが絡んだスキャンダルな事件だが、そこは自由恋愛を尊重するフランスの映画らしく、男女関係をシニカルに、時にはユーモラスに描きながら、大人の愛のミステリーに仕上げている。

 視線の映画でもある。愛、憎しみ…といった登場人物たちの視線が絡み合いながら展開。意表をつくトリックから明かされる真犯人の正体がやはり最大の見せ場。

 監督・脚本はパスカル・ボニゼール。辛らつで機知に富んだセリフが、このアガサ作品をしゃれたものにしている。

 日本では1985年に「危険な女たち」の題で映画化された。


■瞳の奥の秘密

 仙台市内のミニシアターは平日の昼の回にもかかわらずほぼ満席。タイトルに引かれてか、アカデミー賞最優秀外国語映画賞が効いたのか、日本では珍しいアルゼンチン映画が大人の客層を集めてヒットしている。

 刑事裁判所を引退した男ベンハミンが、25年前の殺人事件を題材に小説を書き始めるところから始まる。それは1974年のブエノスアイレスで起きた、結婚間もない若い女性が殺害された事件だった。

 しかしミステリーを主眼にした映画ではない。上司だったイレーネへの今も変わらない思いを抱くベンハミンの失った歳月を取り戻す物語と言えるからだ。もう一人の重要な人物が、愛妻を殺害された夫リカルド。25年という時の流れがポイント。彼はその間、どう生きてきたか、衝撃的な真実とともに見る者の心に深く突き刺さる。

 時代背景も興味深い。1974年はペロン大統領が死去した年だ。前妻エバをヒロインにしたのが「エビータ」である。

 閑話休題。政情が不安定となり、2年後に軍事政権が誕生する。不穏な空気に包まれていた恐怖の時代で、個人の正義さえ無力だった。

 何より俳優たちの年齢を重ねた表現力に圧倒された。重厚な人間ドラマに酔った。だからこそ大人の観客を集めているのだろう。ファン・ホセ・カンパネラ監督、日本初登場である。


■ハナミズキ

 新垣結衣、生田斗真と旬の俳優を使って、遠距離恋愛を10年という時の流れの中に描く。

 北海道・釧路に近い港町での高校生活に始まり東京、ニューヨークへと新垣演じるヒロイン紗枝の成長とともに舞台が移る。地元に残り、父の漁業を継ぐのが生田演じる康平。距離が離れていく2人の関係を核に物語がつむがれる。

 東京の大学の先輩として登場するのが、向井理扮(ふん)する純一。キーパーソン的な役で、彼の生き方が紗枝の人生に影響を与える。

 男2人、女1人という組み合わせはよくあるパターンだが、3人だけの物語に終わらせていないところが見どころ。家族や友人(薬師丸ひろ子、松重豊、ARATA、蓮佛美沙子、木村祐一ら)それぞれの思いを絡ませながら、登場人物一人一人が何を選択し、どう自分の進むべき道を決意したかを、10年の歳月の中に浮かび上がらせる。

 象徴的なのが、ニューヨークで「9・11」を目撃した純一の生き方だろう。日本映画でも9・11が描かれたことに一つの感慨さえ覚えた。

 何よりこの映画のキーワードは「待つ(心)」である。相手を思いやるからこそ「待つ」ことができる。映画化のきっかけとなった一青窈の同名の主題歌にも「僕の我慢がいつか実を結び…」とある。「涙そうそう」の土井裕泰監督が、人と人のつながりを見つめる。

■ちょんまげぷりん

 監督の中村義洋に会ったことがある。3年前に「アヒルと鴨のコインロッカー」宣伝のため石巻を訪れた時。気さくな映画青年といった感じだった。が、今や押しも押されもせぬ日本映画界を代表する監督に成長した。

 根っから映画を作るのが好きな人らしい。「ゴールデンスランバー」が記憶に新しいのに、いつの間にか「ちょんまげぷりん」を作っていた。

 作家・荒木源が書いた小説の映画化で、江戸時代から現代にタイムスリップした青年武士とシングルマザーの出会いをコミカルに描いている。

 大作の次は息抜きと言っては失礼だが、自分の撮りたい映画を好きなように撮ったような感じ。中村個人の趣味的な小品に仕上がっている。

 礼節をわきまえる青年武士と、一人息子を抱える働く女性が同じ屋根の下で暮らすことになったらどうなるか。カルチャーギャップが面白い。

 母子社会、子育て、男女共同参画?と、青年武士の目を通して現代社会のいろいろな問題が見えてくるが、それらをサラリと描いて、3人の共同生活から起きる化学反応を中村自身が楽しんでいるふうだ。青年武士が現代で見つけた”天職”がタイトルと重なる。

 ジャニーズの錦戸亮が青年武士を好演。シングルマザー役のともさかりえがいい。家族のようなきずなは続くのか。心温まるオチがラストに用意されている。

■モリエール 恋こそ喜劇

 17世紀、ルイ14世のもとで活躍したモリエールが喜劇作家になった真相は、若き日の恋の中にあったという興味深い仏映画で、虚実を織り交ぜてコミカルに描かれる。

 今でこそ喜劇作家として知られるモリエールだが、演劇に燃えていた青年時代は「笑劇は本意ではない。有名になるまでの手段。悲劇こそ目指すもの」と信じていたという解釈がおかしい。

 映画はモリエール一座が地方を回って、笑劇公演で有名になってパリに凱旋したところから始まる。「パリでは喜劇はやらない」と主張するモリエールが、病床に就いているある夫人を訪ねるところから、物語は13年前にさかのぼる。そこで若き日のモリエールに何が起きたかが語られる。これが、まるで笑劇を見るような面白さなのだ。

 「タルチュフ」「才女気取り」「町人貴族」など、モリエール作品の登場人物や設定を巧みに取り入れた作りで魅せる。

 この13年前の話が最初の夫人訪問につながる。夫人は誰だったのか。モリエールにどんな決意をさせたのか。喜劇の中に人間の本質を鋭く浮かび上がらせたモリエール。映画もまたモリエール作品のような深い味わいがある。脚本も兼ねたローラン・ティラール監督の演出がさえる。モリエールの数カ月の空白に着目し、そこに喜劇作家のルーツを想像力で探った。

 仙台のチネ・ラヴィータで公開中。


■ソルト

 米国で逮捕され、ロシアに送還された”美人スパイ”のニュースが世間をにぎわしているが、公開のタイミングがいいというか、アンジェリーナ・ジョリーの最新作「ソルト」は、米国への潜入スパイを描いている。

 ジョリーが演じるイヴリン・ソルトが、ロシアからの潜入スパイの嫌疑をかけられるのが発端。米国を訪問中のロシア大統領暗殺計画が明るみになる。フィクションにしても、ずいぶんと過激な内容だが、真相は二転三転。ノンストップ・アクションで、観客は訳が分からないまま、ソルトと一緒に駆け回ることになる。ジョリーの体を張った、切れ味のあるアクションが見もの。

 関心を引いたのはロシアのスパイ養成学校のシーン。小さい時から米国流のものの考え方や振る舞いを身につけさせられて米国に送り込まれる。作戦を遂行する時が来るまで、彼らは模範的な米国民として社会の一員になりすまして暮らしているという設定だ。

 単純なスパイ・アクションものだが、米国社会が今も共産主義に対してある種の不安と恐れを抱いているらしいことを読み取ることができて興味深い。ケネディ大統領暗殺犯とされるオズワルドも、実はロシアからの潜入スパイだったという説を紹介している。

 監督はフィリップ・ノイス。ジョリーとは以前「ボーン・コレクター」を手掛けている。


■エアベンダー

 M・ナイト・シャマラン監督の代表作と言えば「シックス・センス」だが、最新作「エアベンダー」は得意のミステリーでもなければ、どんでん返しもない。今流行のファンタジーものだった。オリジナルのストーリーにこだわってきたシャマランが、米国で人気のテレビアニメを基に映画化したのだから驚く。

 そのせいか、すごく分かりやすい。気・水・火・土という四つのエレメントの国に統制された地球を舞台にしたアクションもので、世界制覇を目指す火の国と、阻止しようとする水の国の戦いがコンピューター・グラフィックス(CG)を駆使して描かれる。鍵を握る人物が一人の少年で、彼は100年の眠りから覚めた選ばれし者だった。

 現実の世界に不可思議な事象と謎を積み重ねていき、見る者を不安に陥れながら非日常の世界に導いたシャマラン独自の語りは影を潜め、観客は最初からファンタジーの世界に安心して身をゆだねることができる。

 ファミリー・ピクチャー的要素が強いのはそのためだ。過去に失敗作もあったが、シャマランの作品を愛してきた者にとって、この最新作を新たな挑戦と見るべきか、少し複雑な心境になった。

 最後は、上映時間(1時間43分)内に物語がすべて収まるのだろうかと余計な心配さえした。そしたら、これは3部作の第1部らしい。長い付き合いになりそうだ。


■アデル ファラオと復活の秘薬

  監督が「レオン」のリュック・ベッソン。インディ・ジョーンズの女性版冒険映画を期待すると見事に外される。

 確かにヒロイン、アデルのエジプトでの活躍シーンはあるが、それはエピソードの一つであって主な舞台は20世紀初めのパリ。ドタバタ調の奇想天外な世界が展開する。

 ふ化した古代の翼竜がパリの街を飛び回ったりする。この翼竜事件がアデルの話につながっていくが、登場人物たちがみなどこかズレている。アデルさえ少々ずっこけたところがある。まともなのはアデルが連れ帰った古代エジプトのミイラだけ?。よみがえった上に流ちょうな仏語を話し、高い知性を示す。

 どこまでも人を食ったような話に、日本の観客はだまされたような気がするだろうか。しかも物語のオチは姉妹愛。個人的には、本筋とは関係のないところから始まる導入部から気に入ったが。

 もともとは仏で人気のコミックの映画化。ベッソンはアデルのキャラクターが好きで、自ら監督を買って出た。本人はコメディーは撮らないと主張しているらしいが、これは立派なアクション・コメディーだ。

 仏映画にはルイ・ド・フュネスらによる伝統のコメディー路線がある。延長上に「アデル」があると言っていい。アデル役のルイーズ・ブルゴワンには、女性ジャン・ポール・ベルモンドを目指してほしいくらいだ。


■ザ・ウォーカー

 セピア調の映像に、絵にして切り取ってみたくなるシーンがあった。米国の画家アンドリュー・ワイエスが描いたような風景がそこにあった。

 映画は文明崩壊後の世界の話だが、大地を黙々と歩くデンゼル・ワシントンの孤独な姿に、荒れ地に建つ一軒家の寂りょう感に、ワイエスの名画を見る思いだった。

 映画そのものはワイエスのタッチとは無縁の、ハードなアクションが随所に見られる。

 半面、語りは少なく物静かだ。なぜ世界が破滅したのか、なぜワシントンは西に向かって旅し続けるのか、なぜゲイリー・オールドマンはある1冊の本を探すことに執着するのか。こんな疑問が次々わいてくるが、映画は最小限の説明しかしない。しかも、世界に1冊だけ残ったある本をめぐって展開する物語はとても寓意的だ。

 全編に漂う終末観に一筋の光明、希望があるとすれば、それはワシントンの信じる力だろう。何かに導かれるように進む彼の姿に、一度は向けた銃を降ろす敵さえいる。

 映画は西欧のキリスト教文明と深く結び付いている。原題が「イーライの本」と全然、日本語タイトルと違っていて、一体、誰のこと?と、初め戸惑った。旧約聖書に出てくるユダヤ人予言者の名前を連想させるらしいが…。ワシントンの身に起きた奇跡の物語だったとも解釈できる。監督は双子のヒューズ兄弟。


■アイアンマン2

 ミッキー・ロークとスカーレット・ヨハンソンの出演で、続編はスケール感もアップ。

 ロークは、アイアンマンことトニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr)の敵として登場。ロシア人技術者役だが、どう見ても技術者には見えないのが愛きょう。アイアンマンを”いじめる”役を怪演している。

 ヨハンソンはハリウッドを代表する女優。敵か味方か分からない謎の美女役。レザースーツに身を包んでのファイトは一番の見せ場かも。アカデミー主演女優グウィネス・パルトロウとの火花散る演技合戦も見もの。

 気になる人物がサミュエル・L・ジャクソン演じるニック。何者か。

 鍵はアイアンマンがマーヴル・コミック社が生んだスーパーヒーローの一人であること。マーヴルはXメンやスパイダーマン、ハルクといったスーパーヒーローを次々生み、映画化してきた。そんな彼らをチームにする計画があり、まとめ役がニック。つまりスーパーヒーロー映画同士がリンクし、いつしか夢の共演が実現するかもしれないのだ。それを暗示するのがエピローグ。最後まで席を立たない方がいい。

 軍事産業をめぐる米政府やライバル企業との対立、アイアンマン自身の生命的危機など見どころの多いストーリーを、手際よく演出したのがジョン・ファヴロー監督。俳優でもある。スタークの運転手役の人だ。


■告 白

 映画を見る時は最小限の情報にとどめておくようにしている。「告白」も、湊かなえの同名小説の映画化であることは知っていたが、その原作を読まずに見た。

 だからか、いきなり物語の核心に迫る作り方に驚いた。松たか子演じる中学校教師・森口が、自分が担任するクラスで幼い娘の死の真相について語り始める。

 こちらは森口の、この衝撃的な告白のみで物語が進むものと思い込んでいたから、その後の展開にも意表をつかれた。

 森口に続いて、クラスの生徒やその親が順に告白する形でドラマが進行していくからだ。視点が変わることによって真相が徐々に明らかになっていく。少年法に絡めた命は重いか、軽いかという問いが突き刺さる。

 映画は、森口の告白に始まり、そこから引き起こされる負の連鎖、加速する悲劇が描かれる。ダークで、毒気に満ちている。救いのない人間の心の闇が広がっていく。それでいながら突き抜けたような、そう快感がある不思議な映画でもある。

 「下妻物語」「嫌われ松子の一生」などの中島哲也監督がつくりあげたのは、数人の告白から成り立ったユニークなエンターテインメントだ。

 それにしても最後の森口が放ったセリフが気になった。原作にないという。あの一言が「告白」の世界観をガラリと変えてしまうからだ。中島監督の遊び心か。


■オーケストラ!

 クライマックス。観客はコンサート会場に神が舞い降りた音を聴く。

 偽のボリショイ管弦楽団が、パリで起こす奇跡の演奏会である。チャイコフスキーの名曲「バイオリン協奏曲」に乗って奏でられるのは、今と昔を結びつける人間ドラマのハーモニーだ。

 物語はロシアからパリへと展開する。コメディーがあるかと思えば、シュールな出来事が起きたりもする。共産党復活をめぐる社会風刺もある。若い女性ソリスト、アンヌ・マリーに秘められたメロドラマでもある。

 核となるのが、30年前の旧ソビエト政権下でのユダヤ人迫害である。その歴史に翻弄された人々の物語と言ってもいい。

 その一人、今はボリショイ劇場の清掃人だが、実はボリショイ管弦楽団の伝説の名指揮者だったというアンドレイ。彼が偶然にも手にしたパリからのファクスが、彼とバラバラになっていた元団員、そしてアンヌ・マリーの運命を変えていく。

 それぞれの思いが交錯しながら溶け合っていくのがラストのコンサートだ。アンドレイが追究していた”究極のハーモニー”へと昇華していく。

 アンヌ・マリー役に、「イングロリアス・バスターズ」で注目されたメラニー・ロラン。ミュウ・ミュウの出演に感激。フランスとロシアの俳優たちとのアンサンブルがまた楽しい。監督はラデュ・ミヘイレアニュ。

 仙台市内で上映中。


■ソラニン

 こんな生き方でいいのか。現実と妥協して、先が見える未来を選択し日常生活に流されている自分がいる。本当の自分、本当にやりたいことは違う。今は、仮の姿だと自分自身に言い聞かせながらも、焦りは募るばかりだ。

 三木孝浩監督の「ソラニン」に出てくる若者たちの気持ちが痛切に伝わってきた。大学時代の音楽サークル仲間3人は、フリーターになったり、家業の薬局を継いだりしながらも、バンドの練習を欠かさない。もう1人は自分の進むべき道が定まらないのか、留年生活を送っている。3人の夢はいつかバンド活動で世に出ることだが、厳しい現実が立ちはだかる。

 宮崎あおい演じるヒロイン芽衣子は、その中の1人、種田(高良健吾)と恋人同士で、彼女のアパートに一緒に暮らしている。芽衣子自身も自分の生き方が見つからず会社を辞める。自由になった時間を満喫しながらも何か満たされない。

 空をフワフワとさまよう赤い風船が、彼らの心情を表している。

 種田に起きる悲劇が、芽衣子らにある行動を決意させる。悲しみを乗り越えた先に、彼らはそれぞれ進むべき道を見つけたのだろうか。言えるのは、人生と向き合おうとする彼らの姿が見えることだ。芽衣子の親友役の伊藤歩がまたいい。

 人気漫画の映画化。若者の共感を呼んで、映画もヒット。


■書道ガールズ!! わたしたちの甲子園

 自分の力だけでは限界がある。でも、仲間が力を合わせれば可能性が生まれる。”紙の町”を舞台に描かれるのは、女子高校生たちの書道にかける情熱だ。その若い力が地域を動かす。書道パフォーマンス大会で有名になった愛媛県三島高校書道部をモデルにして作られた。笑えて、元気をもらえる青春映画である。

 書道部部長の里子(成海璃子)ら5人の女子部員が中心。最初は部としてもバラバラで、それぞれが悩みや苦しみを抱えている。里子が好きだという、煙突が見える紙の町の商店街もシャッター通りで、元気がない。閉店に追い込まれ、部員の一人が転校していくエピソードも盛り込まれる。

 そんな現状を打破しようと里子が思いついたのが書道パフォーマンス大会。書の甲子園だ。自分一人の力ではなく、仲間と力を合わせることで初めてできることに喜びを見いだしていく。彼女たちのパワーが街を、大人たちの心を変えていく。

 大会で、彼女たちが書き上げるのが「再生」という文字。それぞれが自分の道を見つけて歩み出そうという願いが込められている。三島高校書道部が出演しているのが話題。何より成海ら女優陣によるパフォーマンス挑戦が見もの。本人たちが実際に書く。撮影前に特訓した成果を披露する。

 顧問役の金子ノブアキが好演。監督はこれが2作目の猪股隆一。青春映画の快作となった。
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